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第13回:農業技術と百姓仕事

3.「公益/私益」から「共=コモン」へ

3-1. 百姓仕事から生まれる「みんなの利益」

 1970年代に、農業の価値の見直しとして、食料を生産しているだけではなく、洪水を防ぐ、水資源を涵養する、気候を緩和する、風景によるやすらぎを与えるといった、さまざまな機能があるという議論が出てきました。つまり、農業には「公益的機能」があるというわけです。しかし、それは「多面的機能」ということばに置き換えられて行きました。

 1980年代までは、これらの機能は「公益的機能」と呼ばれていました。なぜなら、とても役立っているからです。したがって、その対価を百姓に支払うべきだという気持ちを抱くことができます。その結果、どういう形で払えばいいのか、新しい政治を考えるきっかけにもなります。(中略)
 しかし、そうはなりませんでした。その理由の一つ目は、何が「公益」か、つまりみんなの利益かということが、うまく説明できなかったのです。
 都会では、田んぼの青々とした風景は、その横を通る人たちならだれでも価値を認めるでしょう。まるで公園みたいなものだからです。気持ちにゆとりのある人なら、田んぼから吹いてくる風の涼しさや香りに気づくでしょう。田んぼで鳴いているカエルの声を、夏を告げる風物詩だと感じることも、田んぼで生まれて団地の庭で群れ飛んでいる赤トンボの価値を受け取ることもできるでしょう。
 ところが、山奥のその百姓しか行くこともない、小さな田んぼの風景や風や赤トンボに、公益があるでしょうか。そう問われて、答えられないと思ったので、「みんなの価値ですよ」と主張しない「多面的機能」に言葉を変えたのだそうです。
 これはかなりおかしい論理です。
 家の前を掃除するとします。いっぱい人の通る道なら、多くの人に恩恵がおよび、多くの人に感謝されるでしょう。一方、ほとんど人が通らない道の掃除は、だれも喜ばないでしょう。つまり公益が少ない、と言えるでしょうか。何人以上が通る道の掃除は公益で、何人以下は私益だと分けられるでしょうか。(中略)
 仕事とは、公益か私益かを考えずにしてしまうものがいっぱいあります。田畑の百姓仕事は、田畑の中だけでおこなわれているのではなく、じつは開かれています。なぜなら、自然を相手にしているからです。自然は囲いこむことができません。自然はもともと開かれているものです。
 したがって、私益か公益かという議論は、百姓仕事は自然との関係で、つねに開かれていることを忘れてしまった議論から生じた誤解の最たるものです。それは農業の重要な百姓仕事を忘れて、これらの現象を「機能」と呼んだところから生じた誤りだったのです。[宇根 2010:119-121]

 ここでは、人数で「公益」か「私益」かを分けることが批判されています。これは、現在を生きる人たちのうち、どれくらいの人数が受益者となっているかを価値の基準とすることへの批判と言いかえられるでしょう。百姓仕事は自然との関係で開かれているものであり、その自然を作り出していることは、生きている人の人数による「閉じられた公共性」によって測ることはできないというわけです。自然の生産・維持は、それを見る人が今そこにはいなくても、つながっている他の自然にも開かれているし、何よりも未来の人たちにつながっているという意味でも開かれているからです。
 生きている人たちの利益しか勘定に入れないような、「公=パブリック」と「私=プライヴェート」の区別、「公益」と「私益」の区別ではなく、自然や死者やまだ生まれていない人たちをも含んだ、開かれた「共=コモン」という視点への変換が必要なのでしょう。そして、「仕事」とは、そのような今はそこにいない人たちにつながっている、開かれたものなのだということが重要です。また、この「共=コモン」という見方は、単に公と私の中間という人数の問題ではなく、この本で宇根さんが繰り返し述べている、人びとの「自治」ということが含まれています。

3-2. 「日本農業」という視点が見落とすもの

 宇根さんは、百姓仕事と農業技術の対比を、洪水を防ぐ機能を例にして、次のように言っています。

 田んぼに水を入れないようにして、田んぼの水を出口を全開にして排出しても、大雨のときは田んぼいっぱいに水はたまります。結果的に洪水は防げるのです。そこには、洪水を防ぐ農業技術は存在しませんが、洪水を防ぐ百姓仕事は存在するのです。
 何だと思いますか。流入する水を止めて、たまった水を排出しようとする百姓仕事が、田んぼの畦の決壊を防いで、稲と田んぼを守り、田んぼに水をためているのです。この複雑さ、奥深さが、近代的な農業技術にはないのです。農政や農学には見えないと言うべきかもしれません。
 同じように、生きものを育てる機能を支える農業技術はありませんが、育てる百姓仕事はあるのです。また風景を形成する農業技術は存在しないように見えますが、百姓仕事にはちゃんとあるのです。[宇根 2010:123]

 ここで言われている百姓仕事のもつ「複雑さ・奥深さ」が、これまで述べてきた百姓仕事のもつ「包括性」ということです。それは個別性・単独性・多様性を含んでいますが、「農業技術」は、それらを消し去った抽象的な「全体性」、数字に表される限りでの「全体性」しかもっていません。それゆえに、農業技術は、「日本農業」という抽象的で空虚な「全体」からの視点と結びついています。

 この「日本農業」を見渡す足場は、その人の頭の中にあります。そして日本農業を見ようとするときに、すでに一つの見方にとらわれてしまうのです。まるで校舎の屋上からしか運動場を見ないように、一つの視点からしか見えなくなるのです。問題はここからです。それなのに、日本農業のすべてが含まれているように錯覚してしまうのです。ほんとうはその人が語っているのは、日本農業の遠景という一つの見方なのに、自分は日本農業の全体をつかんでいるような錯覚に陥っているのです。(中略)
 しかし、そこにあるのは、その人の家族の、その人の村の農業ですが、「日本農業」ではありません。いや、そうした一つ一つの積み重ねというか、寄せ集めが「日本農業」だと言うのなら、それは頭の中のイメージにすぎず、現実の眼前の農業ではないことを認めたことになるでしょう。[宇根 2010:147-148]

 このような「日本農業」という俯瞰的で抽象的な見方は、近代の科学技術を基にした「農業技術」と同じく、リアリティを把握しようとする「非人称的」な科学の見方の特徴です。精神科医の木村敏さん*1は、ともに現実と訳すことのできるアクチュアリティとリアリティとを区別して、つぎのように言っています。「同じように『現実』といっても、リアリティが現実を構成する事物の存在に関して、これを認識し確認する立場から言われているのに対して、アクチュアリティは現実に向かってはたらきかける行為のはたらきそのものに関して言われることになる」[木村 2000:13]。そして、アクチュアリティは「現在ただいまの時点で途絶えることなく進行している活動中の現実、対象的な認識によっては捉えることができず、それに関与している人が自分自身のアクティヴな行動によって対処する以外ないような現実を指している」[木村 1994:29]が、「科学はこのアクチュアリティを扱うすべを知らない」[木村 1994:30]といっています。

 この科学で扱うリアリティと科学では扱えないアクチュアリティについて、哲学者の野家啓一さん*2は、『物語の哲学』という本のなかで、木村さんを引用しながらつぎのように説明しています。「自然科学が解明を目指してきたのが『リアリティ』であるとすれば、人間科学が目指しているのは、むしろ『アクチュアリティ』の把握である」と。そして、「リアリティの解明はそれを『理解可能』なものとすることである。理解可能とは『万人にとって』ということであり、したがってそれは、特定の視点からの世界の見え方や感じ方を排除せざるをえない。自然科学が『非人称的科学』を理想として目指す理由がここにある。それに対して、人間科学が携わるアクチュアリティの把握は、それを各人にとって『受容可能』なものとすることだと言えよう。それゆえ、そこには『誰にとって』という視点と人称性とが介在し、それを排除することは原理的にできない。人間科学がアクチュアリティに関わる限り、それは『人称的科学』であらざるをえないのである」[野家 2005:331]と言っています。私が最近提唱している「アクチュアル人類学」[小田 2014]も、人類学はアクチュアリティを把握しなければならないという考えに基づいたものです。
 宇根さんが、「数値化できない世界」と呼び、「田の一枚一枚」が違うとか「稲も田んぼも家族みたいなもの」という言い方で表しているのは、まさに、この「アクチュアリティ」のことです。それらは、リアリティを把握しようとする「非人称的」な科学の見方や「日本農業」という俯瞰的な見方から排除されてきたものでした。

 このように「日本農業」という視点では見えてこないものは、まず数値化されていない世界です。田畑の主な害虫は病害虫調査によって把握できてはいますが、益虫やただの虫などの生きものはわかりません。いや、言い方をまちがえました。病害虫だって、田の一枚一枚の違いは「日本農業」にはわかりません。だからこそ、いくつかの調査田の数値の平均が多ければ「大発生」と判断して、すべての田畑に農薬を散布させたがるのです。(中略)
 数値化できない世界はおカネにならない世界です。おカネにならない世界は数値化できないと言うこともできます。これが日本農業に含まれてはいないが、それぞれの田畑や百姓仕事や百姓暮らしや、自然や百姓の人生の土台を支えているものです。その典型は、百姓仕事です。技術ではありません。仕事です。
 大雨になった夜、雨合羽を着て、懐中電灯を手にして田んぼに急ぎます。危険です。しかし稲と田んぼがかわいいのです。これも田まわりという仕事の緊急事態での姿です。干ばつがつづく夏に、バケツで下の川から水を汲んでかけている百姓に会います。ほとんど焼け石に水でしょう。でもそうしなくてはおれないのです。稲も田んぼも家族みたいなものです。これも田んぼに水を引く百姓仕事の極限の姿です。[宇根 2010:151-153]

 「稲も田んぼも家族みたいなもの」という心情に支えられた「百姓仕事」を営み、維持してきた主体が、家族経営の小規模兼業農家です。これはあとで触れるように、近年、世界的にも価値を見直されています。ところが、日本の農政は、一貫してこの家族経営の小規模兼業農家の価値を否定してきました。

 戦後の農業政策は、「専業農家の育成」を政策目標に掲げました。そこで1955年から、専業農家と兼業農家の統計をとりはじめたのです。それまでは、百姓はほとんどが兼業農家でした。なによりも女性たちは、農閑期の冬になると、織物をしていましたから、これは農業ではなく「織物業」でしょう。わら細工や竹細工をするのは冬の男の仕事でしたが、これも農業ではなく「加工業」でしょう。(中略)味噌や酒や麦やそばの粉ひきをして食べるのは、暮らしの一部であって、それを「兼業」部分だと言われると、違和感がありました。
 しかし、村に分業をもちこみ、都会に出ていってくれる労働力がほしい政府は、こうした兼業だらけの百姓暮らしを、近代化が遅れている後進国の農業だと考えたのです。いつのまにか、専業農家のほうがまじめな百姓で、兼業農家は農業だけでは食っていけない能力が低い百姓であるかのような誤解を抱いている人が多いようです。現在でも、よく「規模の小さな兼業農家を温存するから、日本農業は構造改革が進まない」「兼業農家はコスト意識が希薄だから、生産性が上がらない」という専門家の意見を見かけますが、見方があまりにも一面的です。ようするに日本農業という視点でのみ、しかも政府がすすめてきた政策になんの疑いももたないで、決めつけているのでしょう。
 政府の統計を利用して反論しましょう。それほど、戦後一貫して兼業農家を専業にしようとした政策にもかかわらず、なぜまだ農家の77%が「兼業」なのでしょうか。多くの百姓が規模の小さな農家なのでしょうか。
 そのほうが生きやすいからです。そのほうが百姓らしく生きられるからです。(中略)

 村には百姓が多いほうがいいに決まっています。「農家が多いから、規模拡大が進まないのです。生産性が上がらないのです」と言うのは、村の外から日本農業から見た見方にすぎません。「資本主義の先進国の中で、日本は珍しく小規模農家をしっかり残している立派な国だ」というほめ言葉も西洋にはあるのですから、日本農業も少しは自信をとりもどしたらどうかと思うのです。[宇根 2010:158-159]

3-3.「共=コモン」の再生のために

 一去年2014年は、国連の「国際連合食糧農業機関(FAO)」が制定した「国際家族農業年」でした(知っていたという人はほとんどいないでしょう)。それは、家族経営農業や小規模農業が重要な役割を担っていることを広く知らしめることを目的としたものでした。FAOのパンフレットには、家族農業がなぜ重要なのかについて、次の3つが挙げられています。
 ①家族農業や小規模農業は、世界の食料安全保障と密接に結びついています
 ②家族農業は、バランスの取れた食生活、および世界における農業の生物多様性と
  天然資源の持続的利用に寄与しつつ、伝統的な食料生産を護っています
 ③家族農業は、特にコミュニティの社会保障および福祉を目的とする具体的な政策
  と結びついたとき、地域経済を押し上げる機会をもたらします

 見直されている「家族農業や小規模農業」は、その地域の人びととのつながり、「共=コモン」によって支えられてきました。その基層には、農産物は天地のめぐみだという考え方がありました。逆に言えば、そのような考え方・感じ方が人びとのあいだのつながり=コモンを作っていたのです。

 現代では落ち穂であっても、その田んぼの百姓の所有物です。他人が無断でひろっていたら、窃盗になるでしょう。ところが、かつては米は天地(自然)からのめぐみだというのが日本人の農業観でした。前にも述べたように、百姓はけっして米を「つくる」とは言いませんでした。「とれる」「できる」と言った意味がわかるでしょうか。人間が主役ではなく、百姓はめぐみを受けとるのです。したがって、百姓だけが独占的に受けとるのではなく、貧しい人と天地のめぐみを分かちあっていたのです。じつにキリスト教の精神と似ているでしょう。百姓という仕事の共通性に胸が熱くなります。[宇根 2010:171]

 そして、そのつながり、コモンは、現在生きている人だけではなく、そのような天地を維持し、後の世代に渡した(贈与した)死者たちをも含むつながりでした。宇根さんはそのことを自分の気持ちの例にして、つぎのように説いています。

 田んぼで仕事をしていると、後ろめたく感じることがあります。この田んぼは私が開いたものではない、だから田んぼという自然のめぐみを私だけが独占していいのだろうか、と不安になるときがあります。
 何よりもお礼を、感謝の気持ちを、この田を開いた先人に捧げなくてはと思います。私の場合は先祖ではありません。田んぼの売買もけっこうおこなわれてきたので珍しくはありませんが、多くの百姓にとっては先祖になるでしょうか。しかし、どうしたらそれを伝えることができるでしょうか。
 一つは祭りのときです。先祖や先人に形を与えたものが、祖霊や神様です。家の正月や盆の行事がそれにあたります。あるいは、村の鎮守の神社の祭りのときに、それを伝えるのです。もう一つのやり方は、子孫に未来にこの田んぼをさらに豊かにして伝えることです。私は毎年、この田んぼをより豊かにしているだろうかと思うと、反省することもいっぱいあります。こういう気持ちが私にあるうちは、大丈夫だろうと思います。[宇根 2010:200-201]

 そして、宇根さんは、百姓仕事が「風景」を生みだすこと、すなわち風景も農産物だといい、その地域の自分たちの風景を守るためには、そこに暮らす消費者たちがその地域(地元)の農産物を買う必要があるのだと言います。

 同じように、風景を守るためには、風景も農業生産物だと百姓も、消費者も自覚すればいいのです。(中略)田舎の風景を守るためにリンゴジュースを飲み、ミカンジュースを飲む。田んぼの風景を守るために地元の米を食べる。(中略)それがかんたんにできるような社会にすればいいのです。[宇根 2010:210-211]

 また、それだけにとどまらず、経済中心主義からくる農業技術による農業ではなく、包括的で多様な百姓仕事による地元の「農」を地元の人びとが「共=コモン」のなかで支えることが大事になります。

 ただの風景を守るためには、いくつかの方法があります。まず、おカネになる農業技術ではなく、場合によってはおカネにならない百姓仕事を大切にするような農業でありつづけることです。そのためには、もうこれ以上農業に「生産性の向上」を要求しないことです。国も国民も「もっと安くならないの」「もっと見かけのいいものを」と百姓に言わないことです。つぎに、風景を支えているただの仕事への支援をおこなうことです。畦や畦道の草刈りや、村での野菜や果樹や薪や堆肥の自給に支援をすることです。[宇根 2010:224]

 そのような地域の相互支援が簡単にできるような社会にするには、「日本農業」といった抽象的で俯瞰的な見方から脱する必要があります。現在でも、TPPにからんで、関税で保護される弱い農業ではなく、主業農家による大規模化した農地での、農作物を輸出できるような産業としての農業に改革しなければならないという議論がされています。それは、経済中心の、中央から指導する非真正な「日本農業」という見方による議論の典型です。それは、地域の「自給」を破壊し、共=コモンをますます破壊していく道です。そして、そのような非真正な社会からの視点ではなく、真正な社会からの視点こそが人類学的な視点につながるものなのです。


【参考文献】
宇根 豊 
 2010 『農は過去と未来をつなぐ』岩波書店(岩波ジュニア新書)

小田 亮
 2014 「アクチュアル人類学宣言!」『社会人類学年報40』弘文堂

木村 敏
 1994 『心の病理を考える』岩波書店(岩波新書)
 2000 『偶然性の精神病理』岩波書店(岩波現代文庫版)

野家啓一
 2005 『物語の哲学』岩波書店(岩波現代文庫版)

 

*1:木村敏(きむら・びん)
1931年生まれ。専門は精神病理学。京都大学名誉教授。元名古屋市立大学医学部教授。

*2:野家啓一(のえ・けいいち)
1949年生まれ。専攻は、科学哲学。東北大学名誉教授。

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